書名が既に異彩を放っている。
6次産業化入門でも6次産業化実践入門でもなく、6次産業化”研究”入門である。
6次産業化(以下「6次化」と略記)の取組み事例の紹介や、新たに6次化に着手するための留意点等について記載した本であれば、これまでにも多数出版されてきた。それに対して本書は、「第Ⅰ部 6次産業化の基礎理論」において6次化が拠って立つ基礎理論の明確化を図り、「第Ⅱ部 6次産業化実践のために」において6次化実践の事例分析等を行う、との2部構成で編成されている。その際に目指されているのは、本書「はしがき」の編著者の言葉を引用すれば「理論と事例研究の両方に架橋すること」である。そうした狙いのもと、執筆者についても、農業経済学、経営学、食品加工学、観光学など、多岐にわたる専門家を配した布陣で組まれている。6次化をテーマとした既刊の類似書と比べてみたとき、その書名が告げているように、本書はかなり研究色が前面に出た書籍であることが分かる。
本書の構成をもう少し掘り下げて見てみよう。
「第Ⅰ部 6次産業化の基礎理論」の「第1章6次産業化概論」では、6次化に係る各種の全国調査や、それら調査に登場する数値等が紹介された後、6次化推進上の課題や難点などが取り上げられている。続く第2章以降では、それら課題や難点などの打開策となるであろう各種の理論が、取組み事例の分析も交えながら展開される。「第Ⅱ部 6次産業化実践のために」では、第Ⅰ部の基礎理論も踏まえつつ、6次化と密接な関わりを有するテーマ(食品加工、地域活性化、観光論とフードツーリズムなど)が取り上げられ、それらが6次化推進に果たす役割等が解説されていく。
以上が本書の大まかな構成である。
外部支援者という立場ではあるものの、これまで少しばかり6次化に関わってきた筆者にとって、上述のような構成で一冊の「研究書」が成立したことには感慨深いものがある。というのは、本書のような研究書が成立したことに、この10年にわたる全国の6次化実践に係る事例調査の蓄積と、その事例分析の結果見えてきた推進上の共通課題に対する認識の深まりとを見る思いがするからである。そういう観点から見ると、本書が2021年というこのタイミングで出版されたことには必然性があるように思われる。
そこで、本記事では、本書のような研究書が出版された背景と、それが意味するところについて、以下少し考察してみたい。
2010年12月3日の「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律」(略称「六次産業化・地産地消法」)の公布、翌2011年3月1日の施行から10年が経過した。十年一昔との言葉に倣えば、6次産業化・地産地消法に基づき推進されてきた6次化は、もはや過去の事象ということになりそうだが、果たして現状はどうであろうか。
もちろん「6次産業化」という概念(言葉)の初出や、その概念が指し示す取組み内容に関していえば、ゆうに10年以上の歴史を遡ることができるし、本書もそうした歴史への言及を怠ってはいない。しかし、6次化の取組みが全国各地へと広がった背景には、6次産業化・地産地消法を根拠法に、農林水産省を初めとする行政による強力な後押しがあったということは、もはや歴史の1ページを飾る事実として否定し得ないところだろう。すなわち、この10年間の6次化取組み件数の拡大は、行政による各種の補助・助成制度があってこそ可能になったとの一面が確実に存在する。当然、そうして実施された各種補助・助成の効果検証を行うとの意味合いも含めて、全国各地の実践事例に係る調査が実施され、今も年々その調査結果が累積されてきている。それら調査結果を通覧することで、6次化推進上の課題や難点などが、取組み地域・取組み品目(基盤となる一次産業分野の生産物)の違いを超えて共通しているとの事態が、もはや誰の目にも明らかになってきたと言えるだろう。
本書は、そうした既存の6次化実態調査や先行研究へもきちんと目配りをしつつ、そこから推進上の課題や難点の抽出を行っている。もちろん、「理論と事例研究の両方に架橋すること」を狙いとする本書は、そうした課題や難点を指摘するだけで事足れり、とはしていない。抽出された課題に対して、どのような手法でアプローチでき、どのような形で打開策を講じていくことができるのか、そうした検討を行うための武器としての各種の基礎理論にもしっかりと説き及んでいる。事例研究だけでは転用(水平展開)への見通しに乏しく、理論のみでは抽象的にすぎて実践可能性に乏しい。本書は、その両方を架橋することで、6次化に取り組む際の理論的な武器を与えてくれるとともに、先進事例を分析的に考察する”目”をも与えてくれる。大成功を収めている事例や失敗に終わってしまった事例など、この10年間の6次化実践の栄枯盛衰に係る実態把握が、こうした「架橋」を可能とするだけの素地を醸成したのだ。
翻って、再び十年一昔との言葉を引くならば、6次化はこの10年の歩みを通して、農林水産業分野におけるブームという意味では、もはや過去のものになったと言えるだろう。6次産業化・地産地消法という後ろ盾を得つつ、この10年間で6次化の取組みが普及・浸透する一方で、「現場では、ある種の一服感や停滞感が出ているように見える」(本書P3)と、本書編著者は記載している。本書内では、現場におけるこの「一服感や停滞感」に関して特段掘り下げてはいないが、もはや一時のブームに乗る形では6次化を推進することはできないという事態に現場が気づいたことが、その正体ではないだろうかと筆者は考察する。
もっとも、たとえ上記考察が現場の真実を捉えていたとしても、そのことは何ら憂うべき事態ではないだろうと考える。というのも、6次化は今や一時のブームという段階を超えて、農林水産業振興策としてスタンダードの地位を得つつあるのだとも捉えられるはずだからである。
本書は、競争戦略論、経営組織論、イノベーション、マーケティングと地域ブランドなどの各種理論と、6次化実践の調査分析の両方を架橋することで、6次化推進上の要諦がどこに存するかという点について教えてくれる。ただし、編著者が「本書は、6次産業化の担い手やリーダー養成を目的とする社会人講座のテキストとして利用できるようにするとともに、大学の専門ゼミや講義のテキストとして活用することを念頭においている」(本書はしがきⅱ)と記載しているように、一読して直ちに消化できるようなアンチョコ本ではない。(寝ながら学べる〇〇といった類の本ではない)しかし、6次化ブームの単なる後追いの形ではなく、着実かつ堅実に取組みを進めていきたいと考える者にとっては、本書は、理論と実践の両方に架橋した、他に得がたい参考書となるだろう。また、農林水産業分野に従事していない者にとっても、本書は、農林水産業分野の一過性のブームとしての6次化ではなく、地域創生を含む持続可能な地域振興策としての6次化について考える際の、他に得がたい入門書となるだろう。
十年一昔。
過去10年のブームとしての6次化が一服した今だからこそ、本書のような手堅い研究書が世に問われ、6次化に新たな光が当られることには相応の意義があるように思われる。これから6次化の未来を考えたいという人にとっては、今後しばらくの間、本書は座右の書となることだろう。